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【読書感想文】大英自然史博物館珍鳥標本盗難事件

Unsplash / Pixabay

大英自然史博物館 珍鳥標本盗難事件—なぜ美しい羽根は狙われたのか

著者:カーク・ウォレス・ジョンソン
訳:矢野真千子
出版:化学同人
2019年8月10日 第1刷発行

https://www.kagakudojin.co.jp/book/b461548.html

この本を読んだ感想を一言で言うなら、”事実は小説より奇なり”です。
イギリスの田舎町にある博物館から大量の鳥の標本が消えた、しかも美しい羽根をもつ鳥たちばかり。
いったい犯人はどんな目的でこんな犯行に及んだのか、実際に起こった事件を詳細に調べ書き上げた小説です。

この本を読もうと思ったきっかけは、美しい鳥の羽が盗まれたという奇妙な事件が題材であること、
しかもこれが実際に起こった事件であり、犯人の目的は何なのか非常に興味をもったからです。

本の内容はまずは、美しい鳥の羽に魅せられた人たち、羽毛に関する文化や科学史といった事件の背景を丁寧かつ簡潔にまとめ、
実際の事件の内容、顛末へと話が移っていきます。
事件の顛末は人によっては納得のいかない内容でしょう。かくいう私も納得がいきませんでした。
ここでは、私が読んでみて特に印象に残った内容についてまとめます。

博物館の役割

博物館に保管されている標本について考えたことはありますでしょうか。
私も正直、この本を読むまでは、標本をみることで世界にはこんなに様々な動物たちがいるのだと学ぶ機会を得られる、ということ程度しか考えていませんでした。
数多くの標本たちは、動植物の進化や生態について解き明かすために科学者たちの研究材料になっています。
例えば、採取された場所、時間のことなる同じ種類の鳥を比較し、地域によって独自の進化を遂げていることを明らかにしたり、進化を促す外部環境やほかの動物の影響を考察したりすることができます。
これらの標本を集めた当時の学者たちは、世界中を旅し、未来の研究者のために剥製を作っていました。
あの有名なダーウィンの「種の起源」も世界中で集められた標本をもとに考察され、発表された論文です。

また、測定手法も日々進化し続けています。今、わからないことでも未来にはわかるかもしれない。
いつかわかる日が来るその日まで重要な研究材料、謎を紐解く手がかりである標本を管理・保存するのが博物館の使命であります。
いわば標本は過去からのタイムカプセルなのです。

羽毛に魅せられた人々

ファッションとして羽毛が大流行したのは19世紀のことです。当時の女性ファッション誌には羽飾りをつけたファッションが特集され、女性たちはこぞって鳥の羽を身に着けました。
この時代、美しい羽根を身に着けることがステータスであり、フウチョウなどの美しい羽根をもつ鳥が乱獲され、不幸なことに絶滅してしまった種もあるほどです。

ファッション以外にも意外なところで美しい羽根が使われるようになりました。それは毛針と呼ばれる釣りの道具です。
鳥の羽を釣り針に飾り付け餌の昆虫のように見せかけ釣りをするのです。
この針を単に道具としてだけでなく、芸術品として扱い、いかに美しい羽根を使って美しい毛針を作るかが愛好家たちの間で流行っていました。

ファッションや毛針などに使うために鳥が乱獲された結果、ワシントン条約といった絶滅危惧種の保護活動が起こりました。
現在ではこうした絶滅危惧種の羽を売買することが禁止されています。

入手困難になれば、人があきらめるかというと、逆にどんなことをしても手に入れたいと思うようで、
博物館に侵入してワシントン条約で取引が禁止されている動物の剥製などが盗まれる事件が様々な博物館で起こっているようです。
この本の題材である、鳥の標本の盗難事件もそうです。
犯人は毛針づくりの愛好家で、本物の美しい鳥の羽を使って毛針を作りたいという欲望を抑えきれず、犯行に及んだようです。

病気なら何をしても許されるのか

事件の結末のネタバレになりますが、犯人は博物館を下見するなど計画的に犯行を行い、盗んだ羽を売ってお金儲けをしていました。
ですが、裁判の中で弁護側は犯人はアスペルガー症候群であると主張し、結果的には十二か月の執行猶予が言い渡され、刑務所に入ることはありませんでした。

これはこの事件だけに限らず、ほかの事件でもいえることです。
罪を犯しているにもかかわらず、病気だからというだけでその罪が軽くなる。
確かに本当に病気に苦しむ人からしたら、病気を考慮してもらわないと困るだろう。
しかし、アスペルガー症候群であるかどうかの診断は数時間の問診だけで下されたものです。
事前にどんな内容を質問されるのか分かっていればアスペルガー症候群のようにふるまうことができます。
科学的に厳密にこの人は病気であると立証できないのであれば、それを考慮に入れるのはあまりにも理不尽な気がします。
また、病気だから仕方ないと被害者側は納得できますか?

まとめ

実際に起こった奇妙な犯罪を背景の文化史、科学史を含めてまとめ上げた大作であり、読み応え十分でした。
大英自然史博物館に保管されている標本の歴史的な背景はとても興味深い内容でした。
300ページ以上のボリュームでしたが軽快な文章でどんどん引き込まれ、あっという間に読み終わってしまいました。
最後の判決にはもやもやしますが、いろいろと考えさせられる良い本でした。

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