はじめに
GaN(窒化ガリウム)は青色LEDやパワーデバイスで知られる重要な半導体材料です。その中でも鉄(Fe)をドープしたGaNは、高抵抗の絶縁層として使われ、HEMT(高電子移動度トランジスタ)などで欠かせない材料です。
ドーピング濃度に対する抵抗率はどの程度か、また温度依存性はどうか、という疑問に対して、
ここで紹介する論文(Tian et al., 2024)は、理論計算(キャリア散乱モデル)を用いて詳しく解析しています。
研究の目的と背景
FeドープGaNは**深いアクセプター準位(Fe³⁺/Fe²⁺)**をつくり、電子を捕獲することで高抵抗になる。
しかし、温度が上がると電子が再び伝導帯へ戻り、抵抗率が下がる。
本研究の目的は:
FeドープGaNの移動度 μ(T) と 抵抗率 ρ(T) の温度依存性を理論的に再現。
どの**散乱メカニズム(衝突要因)**が支配的なのか明らかにすること。
研究方法
移動度 μ は、キャリア(電子)がどれだけスムーズに動けるかの指標です。本研究では以下の散乱要因を考慮しています:
散乱メカニズム | 主な原因 | 式番号(論文) |
---|---|---|
イオン化不純物散乱(μII) | Feやドナーによるクーロン散乱 | (1) |
音響フォノン散乱(μac) | 格子振動との衝突(低温寄与) | (8) |
ピエゾ電気散乱(μpz) | GaNの圧電特性による散乱 | (9) |
極性光学フォノン散乱(μpo) | 光学フォノン吸収/放出 | (12) |
そして全体の移動度は Matthiessenの法則 でまとめられます:
抵抗率は:
ここで
n:電子密度(温度・Fe濃度・フェルミ準位から計算)
e:電気素量
主な結果
1. 温度と電子濃度 n(T)
Fe準位は伝導帯より0.58 eV下にあり、低温では電子を捕獲。
温度が上がると電子が解放され、キャリア濃度が増加。
2. 移動度 μ(T) の特徴
温度領域 | 支配的な散乱要因 | 挙動 |
---|---|---|
低温(<100 K) | イオン化不純物散乱(μII) | μは低いが温度上昇で上がる |
中温(100–300 K) | ピエゾ散乱+音響散乱 | 移動度が最大付近になる |
高温(>300 K) | 極性光学フォノン散乱(μpo) | μが急激に低下する |
3. 抵抗率 ρ(T)
低温ではキャリアが凍結 ⇒ 高抵抗
中温では μ の増大 ⇒ ρが低下
高温では μ低下よりn増加が勝ち ⇒ ρはさらに低下
→ 実験データともよく一致。
この研究の意義
✅ FeドープGaNの高抵抗性の起源を定量的に説明した
✅ 温度・ドーピング濃度ごとの支配的散乱メカニズムを明確化
✅ HEMTやパワーデバイスのリーク電流・熱暴走の理解・設計指針に貢献
筆者コメント
論文の数式をpythonプログラムで再現しました。興味のある方はご活用下さい。
https://sciencompass.com/wp-content/uploads/2025/10/gaN_fe_mobility.zip
参考文献
半導体における不純物散乱、清水立生
Otsuka, Jpn.J.Appl.Phys., 25, 303 (1986).
特許:JP5303989B2