GaNはバンドギャップの大きな半導体材料であり、そのバンドギャップの大きさを利用して、青色から紫外のLEDやパワーデバイス、高周波デバイスに利用されています。特に、2014年のノーベル物理学賞はGaNの結晶成長に関する研究で、日本人が受賞しています。
GaNデバイスはSiデバイスに比べると高性能なデバイスですが、高価なデバイスであることが課題です。半導体チップのコストダウンには、基板のサイズを大きくすることが有効です。現在、GaNデバイスの基板としては、Si基板、サファイア基板、SiC基板、GaN基板などが使われています。中でもSi基板が一番サイズ当たりのコストが一番安いため、Si基板上へのGaNデバイスの作製が注目されています。
そこで、Si基板上へのGaNの成長について紹介します。
GaNデバイスの基板
GaNデバイスの基板として主に使われている4つの基板、Si基板、サファイア基板、SiC基板、GaN基板について比較します。
種類 | サイズ | 格子定数(Å) | 格子ミスマッチ(%), 対GaN | 価格 |
Si(111) | 4~8(,12)インチ | 3.84 | 17 | 安価 |
サファイア | 4~6インチ | 2.38 | 21 | やや高価 |
4H-SiC | 4~6インチ | 3.07 | 3 | 高価 |
6H-SiC | 4~6インチ | 3.08 | 3 | 高価 |
GaN | 2インチ | 3.19 | 0 | 非常に高価 |
各基板のサイズを比較すると、半導体産業の中で最も歴史があり、発展しているSiが最も大きく、8インチあるいは12インチのウェハがGaNデバイスの作製に使われています。そのほかの基板のうち、サファイア基板とSiC基板は4インチが主流で、最近は大口径化の流れで6インチのウェハが開発されています。最後にGaN基板は最近になってようやく市販されるようになり始めたばかりで、サイズも2インチと小さいです。
次に基板とGaNの格子定数を比較します。GaN基板を除いて、基板上のGaN成長はヘテロエピタキシャル成長になります。ヘテロエピタキシャル成長では、基板と成長層の格子定数差が重要な要素になります。格子のミスマッチから考えると、Si基板やサファイア基板はミスマッチが大きく、SiC基板上の成長より不利です。ですが、Si基板は価格の面で他の基板よりも優れています。Si基板は価格が安くて、サイズも大きいことから、Si基板上にGaNデバイスを作製することでデバイス価格を抑えられます。そのため、Si基板上のGaN成長はこれまでも現在も広く研究開発が行われています。
さて、一言その他の物性にも言及しておきます。今回の表では価格の面と格子定数にのみ注目しましたが、デバイスによっては基板の放熱性も気にする必要があります。デバイス動作時に熱が発生して特性が劣化するような場合、基板の放熱性が高ければ動作で発生した熱を逃がしやすく、特性の劣化を防ぐことができます。そういった点では、Si基板は不利で、SiC基板に軍配が上がります。ただし、SiC基板はSi基板に比べて高価になるので、そこは性能と価格、市場の要求などのトレードオフになると思います。
Si(111)の理由
Siは立方晶系の結晶で、ダイヤモンド構造の結晶構造です。ダイヤモンド構造は下図のような構造です。
一方、GaNは六方晶系の結晶で、ウルツ鉱型の結晶構造です。GaNの結晶構造は下図のような構造です。
SiとGaNは結晶系が異なるため、同じ面方位、たとえばSi(001)面上にc軸配向したGaN(すなわち(0001)面)を結晶成長することはできません。それは、Si(001)面には正方形の頂点と面心に原子が並んでいるのに対して、GaNでは六角形の頂点と中心に原子が並んでいるためです。
しかし、ダイヤモンド構造の(111)面を見ると、原子が六角形状に並んでいるのがわかります。
すなわち、Si(111)面上であれば、GaN(0001)面を結晶成長させることができるということです。これが、Si(111)基板がGaN on Siの結晶成長に使用される理由です。
ちなみに、Siの格子定数は
4H-SiC, 6H-SiCの違い
GaNデバイスの基板として、4H-SiCと6H-SiCが使われることがあります。どちらも六方晶のSiCですが、結晶構造が違うために区別されています。
結晶構造にどのような違いがあるかというと、Si, C原子層の積層の仕方に違いがあります。4H-SiCは積層が4層周期、6H-SiCは積層が6層周期になっています。ちなみに、4H, 6HのHはHexagonal、六方晶の頭文字です。
六方晶の積層の仕方についてもう少し詳しく説明します。まず、六方晶の1層目を次の図の赤い六角形で書きます。線の交点に原子が位置するとみてください。2層目の原子は青と緑の2パターンあります。同様に、青の次に来るのは緑と赤、緑の次に来るのは赤と青の2パターンずつあります。
図 六方晶の積層パターン
この3パターンの積層の組み合わせでSiCの結晶構造は作られます。赤をA, 青をB, 緑をCと呼ぶことにすると、4H-SiCは、ABCB/ABCB/・・・・という繰り返し構造になります。6H-SiCはABCACB/ABCACB/・・・・という繰り返し構造になります。
Si基板上へのGaN成長
Si基板上へのGaN成長について紹介していきます。
Si基板のメルトバックエッチング
Si基板上へのGaN成長の課題の一つにメルトバックエッチングがあります。これは、GaNの成長中にGaNとSiが反応し、SiNとGa液滴が発生する現象です。GaNの成長温度がこの反応が起こるのに十分なほど高いことが原因です。では、成長温度を下げればよいかというと、そう単純でもありません。成長温度を下げれば、結晶性が悪くなります。もっとも、原料ガスのV/III比を最適にすることで、ある程度の結晶性を保ちつつ、できるだけ成長温度を下げる取り組みも行われています。ですが、広く行われている対策は、SiとGaNの間にAlNのバッファ層を挟むことです。AlNはSiと反応しない(あるいは反応する温度がより高温)のため、GaNとSiが反応するのを妨げることができます。AlNを厚くするほどその効果は大きくなります。
歪の緩和
GaNのメルトバックエッチング以外にもSi基板上へのGaN成長で気を付けるべき点があります。それは、GaNエピの歪です。
まず、SiとGaNの格子定数を比較すると、SiのほうがGaNよりも格子定数が大きいです。次にSiとGaNの熱膨張係数を比較すると、GaNのほうが熱膨張係数が大きいです。
格子定数[Å] | 熱膨張係数@室温/@1000K [10-6/K] | |
Si | 3.89 | 2.4/4.4 |
GaN | 3.19 | 3.72/5.45 |
GaNは結晶成長中にはSi基板と格子定数が一致するように引張応力がかかった状態で成長します。その後、室温まで冷却するときにはGaNのほうがSiよりも縮みます。したがって、GaNには引張応力がより一層かかることになり、図に示すように基板は下に凸の形状に反ることになります。
また、反りが大きいということは膜にかかる応力が大きいということであり、エピのクラック(割れ)が増加します。
そこで、この反りを緩和するために、GaNよりも格子定数の小さいAlNをGaNと交互に成長することで、GaNに圧縮応力を加えて引張応力を緩和するという方法がとられています。このGaNとAlNを繰り返し成長した超格子バッファを使うことで、GaNの厚膜(>5μm)を成長した事例が報告されています。
また、超格子以外にも成長が終わった後にちょうど引張応力を打ち消すことができるように、GaN層の間にAlN層を成長するという方法も取られています。こちらの場合、結晶成長中の基板の反りをコントロールする必要があるため、難易度は高いと思います。
まとめ
Si基板上へのGaNの結晶成長について、基板の比較とSi基板上への成長ならではの課題を紹介しました。ここで紹介したのはごくごく一部の情報です。この記事を手掛かりにさらに情報収集をしてもらえればと思います。もちろん、この記事の情報も皆様の手助けになれば幸いです。
最後まで読んでいただきありがとうございました。それでは、別の記事でお会いしましょう。
熱膨張係数で格子定数の変化を計算
熱膨張係数を使って、格子定数の変化
ここで、