序文
近年、多くの家庭で調理の主力としてIHクッキングヒータが広く使われるようになりました。そのシンプルで洗練されたデザイン、高い調理効率、そして使いやすさから、伝統的なガスや電気ヒータに代わって選ばれることが増えています。一度使ってしまうと、その快適さに魅了され、他の調理方法では満足できなくなるかもしれません。
しかしながら、より効率的で柔軟な動作が求められる現代の料理スタイルにおいて、IHクッキングヒータは進化を続ける必要があります。その一環として、新しい技術やデバイスが導入され、その性能と機能が向上しています。その中でも、GaNやSiCといった新しいパワーデバイスの活用が検討されています。
本記事では、「GaN-Based Matrix Resonant Power Converter for Domestic Induction Heating」という論文[1]を取り上げ、その中で提案されている新たなアプローチについて詳しく解説します。この論文は、IHクッキングヒータの効率向上と柔軟性確保を目指し、GaNベースのデバイスを活用したマルチ出力共振インバータの実装を提案しています。
さまざまな誘導加熱負荷を効率的に管理することができるこの新しいアプローチは、従来の制約を超え、高い電力密度と独立した電力管理を実現します。また、GaN HEMTを使用することでスイッチング損失を低減し、効率的な電力変換を可能にします。これにより、料理の快適さと効率性がさらに向上し、より多くの家庭でIHクッキングヒータが活躍することが期待されます。
誘導加熱とは
誘導加熱の基本原理
誘導加熱は、電磁誘導によって物体を加熱する方法であり、高周波誘導加熱や電磁誘導加熱とも呼ばれています。[2]
コイルに交流電源を接続して電流を流すと、コイルの周囲に磁力線が発生します。コイルの中、もしくは近くに金属を置くと、金属内には金属内を通る磁束の変化を妨げる方向に渦電流が流れます。この現象を電磁誘導と言います。
金属には電気抵抗があるため、電力=電流^2 × 抵抗 に相当するジュール熱が発生し、金属が加熱されます。この現象を誘導加熱と言います。
調理器具などの加熱装置では、うず電流をできるだけ多くする必要があり、鉄(ステンレス)などを使った調理器具が良く使われます。このうず電流が流れるか流れないかが、IH対応かどうかの基準になります。
従来の誘導加熱技術の課題
家庭に広く普及している表面誘導加熱コンロには、これまで以上に柔軟で多彩な動作が要求されるようになってきています。例えば、同時に複数のものを加熱する場合、それぞれに異なる電力設定で動作させる必要があります。このような複数の加熱設定を実現するために、多出力インバータが検討され、使用するパワーデバイスの数を減らしながら高い電力密度を実現することを目指しています。しかし、従来の変調方式ではトランジスタのスイッチング速度の問題から、ソフトスイッチングをする必要があるという制約があり、トランジスタのスイッチング損失を減らし効率的な動作を実現するためには限界がありました。
そこで、オン抵抗が低く、スイッチング速度の速いGaN HEMTを使い、この問題の解決が検討されています。
論文の研究内容と結果
論文[1]では、家庭用誘導加熱のための GaN HEMTを使用したマトリックス共振電力変換器を提案しています。デバイスを減らしつつ高電力密度を維持し、異なる誘導加熱負荷に対して独立した電力管理を実現することに焦点を当てています。この論文では、さまざまなスイッチング・モード下での効率という観点から、さまざまな変調方式を評価しています。
この論文ではパワーデバイスとしてGaN HEMT(高電子移動度トランジスタ)を使用する利点が強調されています。GaN HEMTは、オン抵抗が低いため、スイッチング速度が速く、従来のお課題であったソフトスイッチングでの電力損失を最小限に抑えることができます。具体的には、オン抵抗が25mΩのGaN HEMT「GS66516T」をハイサイド・トランジスタに、50mΩのGaN HEMT「GS66508T」をローサイド・トランジスタに採用しています。
論文で提案されているデバイスでは、動作周波数が25-40 kHzで効率が96%とこれまでに報告されている論文と同等の高効率性を実現しています。
また、トランジスタが同時に動く、かつ独立にパワー制御できることに加えて、必要となるトランジスタの数を減らすことができています。
論文で使われているGaN HEMT
論文で使われているGaN HEMTは GaN Systems社製のHEMTでGaN on Siのトランジスタです。価格は1個数千円とかなり安くなってきています。
https://www.mouser.jp/ProductDetail/GaN-Systems/GS66516T-TR?qs=bAKSY%2FctAC4a3tNNIddhAA%3D%3D
https://www.mouser.jp/ProductDetail/GaN-Systems/GS66508T-MR?qs=OlC7AqGiEDn8svadhi5mZg%3D%3D
まとめ
本ブログでは、「GaN-Based Matrix Resonant Power Converter for Domestic Induction Heating」という論文を取り上げ、GaN HEMTを用いたマトリックス共振電力変換器を利用した高効率なIHクッキングヒータの開発について解説しました。この研究では、従来の誘導加熱方式の制約を克服し、効率的な電力管理と高い出力密度を実現するための新たな手法を提案しています。
IHクッキングヒータは現代の家庭で広く利用されており、エネルギー効率や利便性の向上が求められています。この論文による研究成果は、IHクッキングヒータの性能向上と省エネルギー化に寄与する可能性があります。
参考文献
[1] P. Guillen, H. Sarnago, O. Lucia and J. M. Burdio, “GaN-Based Matrix Resonant Power Converter for Domestic Induction Heating,” in IEEE Transactions on Power Electronics, vol. 38, no. 6, pp. 6769-6773, June 2023, doi: 10.1109/TPEL.2023.3239160.
https://ieeexplore.ieee.org/document/10024762
[2] “誘導加熱の原理” https://www.jeh-center.org/induction_genri.html
サムネイル画像:著作者:<a href=”https://jp.freepik.com/free-photo/person-mixing-sauce-in-pan-on-stove_2360034.htm#query=IH%20cooking&position=5&from_view=search&track=ais”>Freepik</a>
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