GaNの結晶成長の際によく用いられるGaの有機金属原料にトリメチルガリウム(TMGa)とトリエチルガリウム(TEGa)の二つがあります。
TMGaとTEGaを使ってGaNを成長した場合の一般的な特徴について比較します。
もちろん、成長条件によってエピ層の特性は変化するため、同じ成長条件を使った場合の一般的な傾向を示したものになります。[1]
| 特性 | TMGa | TEGa | 備考 |
| 炭素濃度 | 多い | 少ない | エチル基が取り込まれにくい |
| 成長レート | 早い | 遅い | TMGaのほうが分解されやすい |
| 結晶性(XRD 半値幅) | 良い | 非常に良い | TEGaのほうが結晶欠陥が少ない |
| 電子移動度 | 低い | 高い | TEGaのほうが不純物や欠陥が少なく、散乱が少ない |
| PL特性 | 不純物由来のイエロールミネッセンスが強い | YLが弱い | TEGaのほうが炭素不純物の量がすくない |
上記の表をみてわかるように、成長レートが遅いという欠点はあるものの、不純物や結晶性の観点からはTEGa成長を使用するほうが有利であると考えられる。
さて、TEGaを使った成長ではN2をキャリアガスを使用するのが一般的だが、なぜだろうか。その理由についても調べてみた。
本質的な問題:水素による欠陥の複合化(Hydrogen Complexation)
最も重要な点は、TEGa はキャリアガス種に強く依存した欠陥形成挙動を示すのに対し、TMGa では同様の現象がほとんど見られない、という事実である。[2]
H₂ をキャリアガスとして TEGa-GaN 成長を行うと、成長中の GaN 層内で ガリウム空孔(V_Ga)と水素が安定な複合体を形成することが知られている。代表的なものは以下である。
-
V_Ga–H(単一水素複合体)
-
V_Ga–2H(二重水素複合体)
-
V_Ga–O_N–2H(酸素・水素複合体:熱力学的に最も安定)
これらの水素結合欠陥は開放体積が極めて小さく、その結果、陽電子消滅分光(PAS)では検出できないにもかかわらず、非放射再結合中心としては依然として活性である。
つまり、
測定上は高品質に見えるが、実際には深刻な欠陥を内包している
という「隠れた欠陥問題(hidden defect problem)」が生じる。量産プロセスにおいて欠陥密度を正確にモニタリングできないことは致命的であり、これが H₂ + TEGa が忌避される最大の理由である。
一方、N₂ キャリアガスではこのような水素複合化は起こらず、V_Ga 濃度は成長温度に応じて直接制御・評価可能となる。
表面モフォロジー制御と核形成層の品質
N₂ は核形成層(nucleation layer)のモフォロジー制御においても明確な利点を有する。これはキャリアガスの熱物性および拡散特性の違いに起因する。[3]
N₂ キャリアガスの特徴
-
熱伝導率が低く、成長表面に急峻な垂直温度勾配を形成
-
拡散係数が小さく、境界層が薄い
-
高密度かつ均一な核形成島を生成
H₂ キャリアガスの特徴
-
熱伝導率が高く、温度分布が均一化
-
拡散係数が大きく、境界層が厚い
-
少数・大型の核形成島が生成され、膜厚ばらつきが増大
N₂ による優れた核形成制御は、その後のエピタキシャル成長における転位密度・点欠陥密度の低減に直結する。これは HEMT や光デバイスのように、欠陥が性能を直接制限する応用において決定的に重要である。
不純物混入への影響
H₂ 雰囲気下では、全体の不純物濃度が N₂ 雰囲気に比べて約 3 倍に増加することが、SIMS 測定によって確認されている。[2]
具体的には:
-
水素濃度:H₂ キャリアで約 3 倍
-
炭素・酸素・シリコン:すべて H₂ 雰囲気で増加
TEGa 成長では特に、H₂ 雰囲気下で NH₃ の分解効率が低下し、その結果としてエピ層中への水素取り込みが増大する。
さらに、酸素濃度(~10¹⁷ cm⁻³)の増加と相まって、
-
V_Ga–O_N–2H
-
その他の多原子欠陥複合体
の形成が促進され、強い非放射再結合中心としてフォトルミネッセンス効率を著しく劣化させる。
熱的効果と成長レートの不安定性
H₂ は N₂ に比べて熱伝導率が高く、成長チャンバー内の実効的な表面温度を約 50°C 上昇させる。この結果、以下の競合する効果が同時に発生する。
-
前駆体分解の促進(H 原子による分解促進 → 成長レート増加)
-
熱エッチングの促進(高温化 → GaN 表面のエッチング → 成長レート減少)
TEGa の場合、この温度領域(約 850–950°C)では熱エッチング効果が支配的となり、成長レートが不安定化する。
TMGa では分解促進効果がある程度相殺するが、TEGa では厚さ制御が極めて困難となる。
キャリアガスによる影響の比較(TEGa)
| 項目 | N₂ キャリア | H₂ キャリア | H2キャリアの欠点 |
|---|---|---|---|
| V_Ga 検出 | 測定可能(~200 ps) | 水素複合化により不可 | 欠陥管理ができない |
| 核形成密度 | 高・均一 | 低・大型島 | 膜質の均一性が悪化する |
| 不純物濃度 | 低 | 約3倍増 | 不純物だけでなく、欠陥が増加する |
| YB 発光 | 中程度 | 増強 | 欠陥由来の発光が増える |
| 成長レート | 安定 | 不安定 | 厚さ制御が困難 |
なぜ TMGa では H₂ が使えるのか
対照的に、TMGa ではキャリアガスに依存した欠陥形成はほとんど観測されない。
V_Ga 濃度は N₂ / H₂ に依存せず、水素が空孔と優先的に複合化することもない。
そのため、
-
高温成長
-
高速分解
-
境界層の薄化
といった H₂ の熱的メリットを問題なく活用できる。
この前駆体化学の根本的な違いこそが、TEGa と TMGa のキャリアガス選択を分けている。
実用的示唆:なぜ TEGa + N₂ が標準なのか
特に GaN HEMT 向け低温成長(炭素汚染抑制が必須)において、TEGa + N₂ が確立された標準である理由は明確である。
-
欠陥の定量評価と制御が可能
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高品質な核形成層の実現
-
不純物混入の低減
-
成長条件の高い再現性
-
水素起因の欠陥複合化を回避
H₂ を TEGa に用いることは、これらすべての利点を失い、測定では見えない致命的欠陥を導入することを意味する。
このため、文献において TEGa が指定される場合、N₂ が標準キャリアガスとして選択されているのである。
参考文献
[1] https://www.benchchem.com/pdf/A_Comparative_Guide_to_Gallium_Precursors_in_Material_Synthesis_Trimethylgallium_vs_Triethylgallium.pdf
[2] Mo Chun-lan et al., Chinese Journal of Luminescence, 22 75 (2001).
[3] Benjamin McEwen et al., ACS Applied Electronic Materials 4 3780 (2022).

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