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中性子線照射がAlGaN/GaN HEMTのスイッチング特性に与える影響

導入

GaN(窒化ガリウム)系HEMT(High Electron Mobility Transistor)は、高耐圧・高出力・高周波特性を兼ね備えたデバイスとして、次世代の電力電子や宇宙・核融合炉用エレクトロニクスに期待されています。
しかし、これらの過酷な環境下では高エネルギー中性子線による放射線損傷が避けられず、その影響を理解することはデバイス信頼性設計の上で極めて重要です。

本記事では、14 MeV中性子線照射がAlGaN/GaN HEMTのスイッチング過渡特性(transient response)にどのような影響を与えるかを詳細に解析した研究
Butler, P.A. et al., IEEE Transactions on Nuclear Science, 65(12), 2862–2869 (2018)
を紹介します。


研究概要

背景と目的

従来研究では、AlGaN/GaN HEMTに対して中性子線を照射すると、

  • ドレイン電流(IDS)の減少
  • ゲートリーク電流の増加
    などの報告がある一方で、スイッチング動作中の過渡特性への影響は明確でありませんでした。

本研究の目的は、中性子線照射によるトラップ密度の変化と、トラップ間相互作用(trap coupling)がスイッチング特性に与える影響を明らかにすることです。
特に、ITER(国際熱核融合実験炉)のような高中性子環境(~10¹⁴ n/cm²/年)を想定した照射条件を再現しています。


実験方法

  • 試料:UMS社GH25-10プロセスによるAlGaN/GaN HEMT
  • ゲート長:0.25 µm
  • ソース–ドレイン間距離:2.75 µm
  • 基板:SiC
  • 中性子源:AWE社のDT反応加速器(14 MeV中性子)
  • 照射線量
    2.1×10¹³, 1.24×10¹⁴, 7.82×10¹⁴ n/cm²
    (最大線量はITER中性子環境で約8年分に相当)

照射は無電源状態で実施され、照射後4日後に電気的特性を測定しました。

測定手法:Current Transient Spectroscopy(CTS)

  • オフ状態でトラップを充填(Vg = −10 V, Vd = 0.5 V)
  • 充填時間 ( t_{fill} ):10⁻²〜10²秒
  • その後、オン状態(Vg = 0 V, Vd = 0.5 V)へ切り替え、1800秒間の電流回復過程を測定
  • 温度:25℃一定

CTSによって、時間スケールの異なるトラップ(捕獲中心)を解析し、トラップの空間位置(表面・バリア層・バッファ層)や密度を推定します。


トラップモデルと解析方法

HEMTチャネルの2DEG密度は、表面ドナー・バリアおよびバッファトラップの占有状態に依存します。

本研究では以下の2種類のトラップを区別しています:

トラップタイプ主な位置特徴
Type I表面またはAlGaNバリア層時定数が連続的(1/fノイズ様)
Type IIGaNバッファ層離散的時間定数を持つ深いトラップ

トラップ放出特性は、拡張指数関数(stretched exponential)モデルで表現され、複数の離散トラップ(τ₁〜τ₅)でフィッティングされました。


結果

1. 照射前の特性

  • ドレイン電流ID(t)は時間の対数に比例して増加。
  • 1秒後の電流は定常値の約95%。
  • トラップ密度は安定で、デバイス間のばらつきも小さい。

2. 照射後の変化

  • トラップ充填時間 ( t_{fill} ) に対する感度が増加。
  • 高線量(7.8×10¹⁴ n/cm²)照射では、初期電流が定常値の75%まで低下
  • トラップ密度およびトラップ間相互作用が増加し、トランジェント応答が複雑化。

3. トラップ時間定数

  • τ₁〜τ₅ = 0.036, 0.37, 11, 107, 2910 s
  • 中性子照射により、Type IIトラップ(GaNバッファ由来)が支配的に。

4. ダメージモデリング

MCNP6コードを用いた放射線輸送シミュレーションにより、

  • GaN領域では 10⁻³ cm⁻²/(n/cm²) 程度の欠陥生成を予測。
  • 測定されたトラップ密度変化と定量的に整合。
    観測されたトラップの増加は変位損傷(displacement damage)によるものと結論。

考察

  • 照射前後でトラップ密度は 9×10¹¹ → 2.4×10¹² cm⁻² へと増加。
  • トラップ間のカップリング(trap coupling)が強まり、単独トラップモデルでは再現不能な応答を示す。
  • 高線量ではType Iトラップが減少し、バッファ中の深い欠陥が主要なトラップ源となる。

欠陥の起源

  • FeドープGaNバッファでは、N空孔・N間隙原子・複合欠陥の生成が報告されており、
    これらが電子捕獲・放出中心として動作し、チャネル電荷の回復を妨げる。
  • 結果として、ゲートラグ増大・スイッチング遅延などの現象を引き起こす。

結論

本研究の主要な知見は以下の通りです。

  1. 14 MeV中性子照射により、トラップ密度と相互作用が増加
  2. HEMTのスイッチング過渡応答が変化し、電流回復が遅延または不安定化。
  3. DC測定では変化が小さいため、過渡特性の評価が不可欠
  4. 放射線環境でのGaN HEMT設計では、トラップ動態を含む時間依存応答の理解が必要。


参考情報

  • Butler, P. A., Uren, M. J., Lambert, B., & Kuball, M. (2018).
    Neutron Irradiation Impact on AlGaN/GaN HEMT Switching Transients.
    IEEE Transactions on Nuclear Science, 65(12), 2862–2869.
    DOI: 10.1109/TNS.2018.2880287

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