導入
新しい材料を発見することは、エネルギー、半導体、触媒など多くの分野で技術革新の鍵を握っています。
しかし、これまでの材料探索は人間の経験や勘に大きく依存し、時間と手間のかかる作業でした。
近年では、**DFT(密度汎関数理論:電子構造を計算する理論)**を用いた計算材料科学が進展し、高精度なシミュレーションが可能になっています。
それでも、計算条件の設定や誤差処理には専門家の手作業が必要で、完全な自動化には至っていません。
そんな中、2025年に発表された論文
「DREAMS: Density Functional Theory Based Research Engine for Agentic Materials Simulation」(Wang ら, arXiv 2025)は、
AIを使ってこの課題に挑みました。
DREAMSは、大規模言語モデル(LLM)を組み込んだ自律型マルチエージェントシステムとして、材料探索を自動的に進める「知能研究エンジン」です。
研究概要
DREAMSとは?
DREAMS(DFT-based Research Engine for Agentic Materials Screening)は、
複数のAIエージェントが連携して研究タスクを分担するシステムです(図1)。
主な構成は次の通りです:
- プランニング・スーパーバイザー(Planning Supervisor):研究全体を設計・調整し、タスクを他のエージェントに割り振る。
- DFTエージェント:結晶構造の生成、DFT入力の作成、計算条件の最適化、収束エラー処理を担当。
- HPCエージェント:スーパーコンピュータ(HPC)へのジョブ実行と監視を担当。
- コンバージェンス(収束)エージェント:DFTがうまく収束しない場合の原因分析と修正案を提示。
- キャンバス(Canvas):すべてのエージェントが共有する「共通メモリ」で、情報の一貫性を維持し“幻覚(hallucination)”を防ぐ。

この階層的な構造により、DREAMSは人間の介入なしに研究を計画・修正しながら進めることができます。
論文では、以下の3つの課題を通じてその性能を検証しています。
1. 結晶の格子定数(lattice constant)計算:Sol27LCベンチマーク
DREAMSはまず、27種類の元素結晶からなるデータセット「Sol27LC」で精度を検証しました。
格子定数は、結晶の基本構造を示す重要な物理量です。
結果として、DREAMSは人間のDFT専門家と比べて平均誤差1%未満という高精度を達成(表2)。
人間とほぼ同等の精度で完全自動のDFT計算を実行できることを示しました。

2. 触媒反応の代表問題「CO/Pt(111)パズル」
次にDREAMSは、触媒科学で長年議論されてきたCO分子が白金表面(Pt(111))のどの位置に吸着するかという難問に挑戦しました。
この計算では、FCCサイト(面心立方格子のくぼみ)とオントップサイト(表面原子の上)を比較し、どちらが安定かを調べます。
DREAMSは複数の収束失敗に直面しましたが、収束エージェントが自動的に解決策を提案。
例えば、「スメアリング幅(degauss)を0.03 Ryに増やす」「ミキシング係数(mixing_beta)を0.3に下げる」といった専門家レベルの修正を自律的に行いました(表3)。
最終的な結果は、人間の専門家や文献値と一致し、FCCサイトの方が0.1〜0.3 eV安定であることを再現しました(表4)。
3. 機能間の不確実性評価
さらに、交換相関汎関数(functional)の違いによる誤差を**ベイズ推定(BEEF-vdW法)**で評価しました。
その結果、汎関数を変えてもFCCサイトの優位性は揺らがず、物理的に一貫した結論が得られました(図5(c))。

研究の意義
この研究の重要な意義は、「AIが科学研究を実行できる」段階に到達しつつあることです。
- 人間レベルのDFT精度を自動で実現:
DREAMSは格子定数や吸着エネルギーの計算で、人間専門家と同等の結果を再現しました。 - 自律的エラー修正と学習:
計算失敗時に原因を特定し、再試行する「自己修復」プロセスを導入。 - 汎用的なマルチエージェント構造:
材料分野だけでなく、触媒設計やエネルギー材料など、他分野にも応用可能です。
研究者の著者らは、この成果を「L3レベルの自動化(定義された探索空間での自律的研究)」と位置づけています。
これは、将来的に“AIが自ら仮説を立て、実験・検証を繰り返す”科学の新しい形への第一歩といえます。
筆者コメント
DFTの自動化はこれまで多くの研究が試みてきましたが、DREAMSの革新は「AI同士が議論しながら進める」点にあります。
単なる自動スクリプトではなく、各エージェントが“研究者のように考え”、互いの結果を参照して計画を修正していく。
これはまさに、AIが研究チームの一員として機能する未来像を示しており、研究の民主化・加速化につながるでしょう。
とはいえ課題も残ります。
現時点ではDFTレベルでの検証にとどまり、実験的データとの接続や大規模データ駆動型探索にはさらなる発展が必要です。
それでも、本研究は「AIが科学的推論を実践できる」ことを実証した画期的な一歩です。
参考情報
- Wang, Z. et al. “DREAMS: Density Functional Theory Based Research Engine for Agentic Materials Simulation.” arXiv (2025).
https://arxiv.org/abs/2507.14267v1 - 使用ソフトウェア:Quantum ESPRESSO v7.2
- ベンチマークデータ:Sol27LC(27元素結晶データセット)
- 使用汎関数:PBE, LDA, BEEF-vdW
- コード公開先:GitHub – BattModels/material_agent
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